新築住宅
神奈川都筑区H邸 (2011年竣工)
べんがらの家でも今回から、
かなり和風にシフトした本格派の住宅を紹介しよう。
したがって、和の要素も現代のモダンなイメージから離れ
古民家の建具なども登場する。
画像は門を通り玄関前まで来たところ。
軒の出は1.8メートルに近い。
柱を途中に立てず、
この距離を跳ねだすための軒裏の構造体が見える。
これ自体がデザインであり、深い陰影を作る。
そういえば都筑の家の全体イメージは
谷崎潤一郎の「陰影礼賛」に近いかもしれない。
京都の町屋であるなら
土間先の格子戸を開ければ玄関前中庭となる。
斯様に伝統建築を意識した構成だ。
建物は新築だが左右の建具は古い。
オーナーの支給品だが色艶に優れ
大切に使われていたことがうかがい知れる。
片瀬山の家、吹き抜け手摺にも活用した欄間は
銀座の料亭で使われていたもの。
漆が映える。
靴脱ぎ石は長野県の諏訪。
町屋の蔵、基礎の石。
これも片瀬山の家に使用したが若干小ぶりだ。
新しい部分の木部はべんがらで
古いところは漆と、新旧を区別する。
右の内玄関戸は格子の間に隙間があるが、
このように明るい側からは奥が見通せない。
奥からの画像をそのうちお見せしよう。
前回は玄関ホールの建具と欄間について紹介したが
今回は欄間に絞ってその詳細を見ていただこう。
花びらをかたどっているような彫り物で
連子格子を支えている欄間で軽快なイメージ。
1間半の幅だが通常なら中央に柱の短い束が来るが、
ここにはなく全体が端から端へと一気に飛んでいるイメージだ。
細身の鴨居も欄間と一緒になって全体を支えている。
彫り物の個数が上下で異なる。
他の二箇所は3個並びを上にしているが、
ここでは下にしてはめ込む。
奥の和室天井を支える棟木が
ダイナミックに玄関ホールに飛び出てくる勢いを強調するため、
上部では個数の少ない方を上にしている。
欄間といえば京都の曼殊院や桂離宮が思い浮かぶが
室町時代以降さまざまな意匠がみられ、
ここの欄間も料亭に使われた歴史を持ち
江戸っ子の職人が粋を競ったものなのだろう。
前々回の画像に戻って今回は古い建具を開け放ったところ。
和室全体の光の量は抑えられて、
東の道路側格子からと
今回画像中央にみえる西側の丸窓からだ。
丸窓の障子を開けると明るい中庭を眺めることになる。
和室内はべんがら、白壁、抹茶色3色の壁で全体を構成し、
モンドリアン風のまさに和とモダンなインテリアにしている。
前回画像は和室の丸窓側を見ていたが、今回は道路側を望む。
左手4枚引き違いの古建具側が道路となる。
手前引き戸は道路側の光を浴びて明るい。
和室正面の床の間、床脇の壁はグリーン、
その他座敷側の下がり壁は漆喰で塗っている。
また畳の縁は赤ベンガラ、などと幾つかの色が集まるが、
天井にしろ建具にしろ、
濃い目に落ち行かせているのでわずらわしさはない。
金沢の東茶屋町を訪ねると
保存建物の中には赤や青の壁があるが
営業目的であるから、より際立つが、
個人の家としてはこの程度の方が落ち着く。
なお道路側4枚引き違い戸と更に外側の出格子部分とは
75cm奥行きがあり外部との緩衝地帯として働いている。
この家のテーマの一つは古建具を如何に利用するかということ。
玄関ホールや和室入り口の建具について
その使用例を見てきたが
これは和室の道路側に面する出格子部分の古建具。
No1の画像手前部分がその外部だ。
この都筑の家は今年の年賀状に
その外観写真を利用させてもらったが、
皆さんからの反応はけして懐古趣味的なものではなく、
むしろ新しいものとしてこの和風の建物が目に映ったようだ。
伝統的な建物も身の回りに事例がないと
特に若い人たちは
時代の先端を行くかのごとく目に映るのだろう。
古い建具を再利用する、
可能なように工事段階で構造材の高さを決めたり、
建具の高さを調整したり手間隙のかかることをやる。
既製品の枠付ビニール木目建具を入れれば安上がりだが、
この施主はそれを否とし、われわれも賛同する。
すまいにこだわり今まで気に入るものを手にいれるために
我慢を重ねてきた施主は文化の担い手としてえらい!
前回画像出格子の左面がこの画像。
天井の棟木や小屋組みが和室から欄間の上をすり抜けて
玄関ホールから更に奥へと続く。
手前畳の外は墨いりモルタルの金ゴテ仕上げの土間で
ここまではまだ外部の気配を残す。
左手が内玄関となる。奥の梁が途中で切れているが、
これは指し鴨居といって建具の鴨居を兼ねているが、
右にハネだし更に外部に突き出して
屋根組みを支える出桁となっている。
横浜都筑の家No1の画像がこの様子の参考になると思う。
右手の格子戸は玄関ホールと手前の内玄関を隔てる。
白壁の割合が少なめにして、建具から上天井辺りまで
べんがらを塗り落ち着いた暗さを出している。
明るく照らされた床の杉板には中庭からの光が来ている。
玄関格子戸、奥の舞良戸、
左のガラス格子戸も古建具を使用している。
このように内玄関から見ると右手の格子戸も透けて見えるが、
明るい表側から見ると内側がまったく見えない。
落ち着く場所の条件の一つに、
自分からは相手が見えて、相手からはこちらの姿が見えないこと、
だそうだが、この家の落ち着きに、格子も一役買っている。
前回画像の左手、ガラス格子板戸、
そのガラス部分を拡大した画像だ。
模様は笹の葉だろうか、
光の当たり具合で部分が際立って見えたりする。
出自は定かではないが
おそらく古民家の土間に面した板の間とその奥の和室との
境に用いられた建具ではないだろうか。
いずれにしても細かな手仕事のなせる業で
現代ではまれなケース。
これは和風住宅のケースだがまもなく完成を向かえる
シェアハウスタイプのモダンアパートメントでも
以前敷地に建っていた和風住宅の建具を全面的に再生し使用する。
欄間についても階段手摺部分に使用、
一般的ではなくなってしまった、
木製建具の現代的な使い方を試みている。
前々回のNo8画像の右側を望んだのが今回の画像だ。
玄関を正面に捉えているから格子を通しての外の見え方が分かる。
一番奥まった位置に見える玄関建具と
画像右手前の建具は新規に制作したもので
新しいものはなるべくデザイン的に統一し、
一体感を出している
手前格子戸の奥に続く光気味の建具は
シューズクロゼット用だが、
やはり古いものを使っている。
格子戸を開けて広がる中庭の光景だ。
丸窓の見えるところは紹介してきた和室。
外壁の色は深みのある濃い茶色。べんがらの黒と合う。
中庭側の軒の出も深く1.5メートルある。
玄関外と同様垂木が二重に張り出し、屋根全体を持たせている。
この開口部からの風がじつに涼しく、
夏の現場監理時必ず濡れ縁で心地よさを味わった。
格子戸の向こうが中庭だがその明かりが強いため
手前和室の中が相当暗く写っている。
左手が玄関、右に既に紹介したガラス板戸、
深い軒先は低く身長にもよるが、
立っている人の目線ぐらい。
四国愛媛県内子の重要文化財に上芳我家がある。
梁や柱のべんがら塗りが美しいが、
中庭に面して吹きさらしの廊下があり、
ここの軒の出が1.5メートル、
軒先の目線高さが1.5メートルで、
出しすぎだし、低すぎるのではと思う寸法だが
意外にも豊かで、落ち着きを持った空間であった。
都筑の家では隣家の目線もあってこの寸法を採用している。
前回画像の左手のスペースから中庭方向を眺めている。
右手の和室は茶の間の性格をもち、
手前個室との緩衝スペースとなっている。
リビングルームでもあるが、
開放的なガラス窓に囲まれているわけではなく
中庭をじっくり眺めるための開口部に絞っている。
べんがら、白壁や杉板。
特に床板の杉は素足で歩いたら気持ちよさそうな、
そんな素材感の出ている画像となっている。
中央の柱と重なってはいるが
奥の階段に床が続いている様子も見て取れる。
廊下から階段を望む画像。
床は2階まで杉板で統一している。
階段奥が明るくなっているのは、
階段室内に設けられた明り取りのため
先日も伊豆赤沢の家のオーナーをお連れして
今まで紹介してきた古建具の実物を都筑の家で見てもらった。
両家、お互いが鎌倉設計工房の家で
「旅館のような家」がその際、話題となった。
奥様によれば
「旅館のような家なので
わざわざ箱根や伊豆に出かけることもしない。
そういえば伊豆赤沢の家(ホームページのトップ画面の家)も
旅館風、強羅の家もそうだし、鎌倉の家、片瀬山の家も
そんな雰囲気を持っている。
旅館といえば非日常、癒しやくつろぎ、落ち着き、
つまり、設計の目標は達成していた!
今日の画像は階段部分、旅館の階段に見えるかどうかだが
杉の板を素足で登っていくときは、
さぞ心地よいかもしれない。
手前の座敷左側が中庭に面しているので
そこからの明かりを受けている。
天井は奥のダイニングまで暗めのべんがらだ。
壁は珪藻土の白で生活ゾーンを明るくしている。
陰影にこだわる家を作っているが、
対極には明るさがあり
お互いが効果的になるように心がけている。
前回の画像のおくにテーブルが見えるが、
今回はテーブル側から逆方向を見ている。
洋風の居間やダイニングと隣接させ、
間仕切り自在の和室を設けると、
一体化した使用ができ、
居間や食堂のテレビを見ながら和室で洗濯物をたたんだり、
アイロン掛けたりと床に広げる作業の際は重宝する。
都筑の家では、
個室とダイニングの間にこの和室が位置しているので
個室側に取り込むか、ダイニング側に取り込むか、
使用上選択ができる。
冬場にコタツも可能だし、
中庭に面し風通しが良いので、
夏場の昼寝の場所としても良い。
和室が消え行く時代だが、じつに捨てがたい。
ベンガラと漆喰など白壁のコントラストは変わりないが
正面のキッチンの壁は、白つや消し、の
ステンレスを貼り白壁風に仕上げている。
またシステムキッチンもべんがら色のものを選び
キッチンのインテリアにおいても
コントラストを変えていない。
システムキッチン周囲の壁は油汚れなどが厄介だが
通常カラーステンレスや、
ガルバリュウムを張っている。
つや消しの白にすると漆喰に近いテクスチャーになるので
隣接する部屋の漆喰とインテリアの統一が計れる。
窓周りもサッシまで折り曲げると
「漆喰塗りまわし」のすっきりしたイメージとなる。
無論タイルのような目地がないので一気に掃除もでき楽。
掃除といえば床の杉板も
今回はワックスを塗装した製品を使っている。
無塗装でも使い込みによる汚れが出る場合があるが、
使い慣れていると気にならない。
気になる場合はワックスバージョンを使うようにしている。
千葉のT邸に使用した杉板はマルホン製品ではなく、
地元の山武杉であったが、
葉枯し自然乾燥で表面のツヤが
何時までも衰えず汚れもつきにくい。
左側の扉や右側収納の扉は、長野の建具屋さんの製品、
ベンガラ塗装も行ってくれている。
オーナーもシステムキッチンは
ちょうど同じ色のものを選択されている。
住宅においてこれほど陰影の美しさにこだわった家。
クライアントと建築家の志向が
これほど一致したこともなかった。
この家が世に生み出される前、
まだ図面の段階だったころからを思い浮かべると
実に奥行きのある家に育っていった。
最初のころは南側を意識して
玄関周りのみに奥行き感、奥深さがあったが
奥に行くにしたがって場面が展開しそれが2階まで続く。
包まれるような落ち着き。
時間のふるいに掛けられても
じっと耐え切れるような住宅に近づいた。
敷地は北と東側が道路に面している。
北側からの画像だ。
東道路からの前回画像では
奥の2階部分がはっきりと出てこないが
北からはこのように見える。
蔵と母屋が一つながりに建てられるのは
京都の町屋、栃木、大谷石の蔵、岡山の倉敷など
枚挙に暇がない。
昨年、東日本大震災後8月に、
文化財ドクターメンバーの一員として
岩手、宮城の文化財被害度調査を行った。
多くの家屋が流されたあとに蔵が取り残されたように
ぽつんと立っている光景に何度か出くわし、
寂寥感とともに、蔵に安堵感を抱いた事がある。
都筑の家は貯蔵庫の役目をするわけではないが、
このような、家のイメージの原点のような形に、
やはり安堵感に近いものを感じる。